静的日常

7/5

人との距離の取り方が、何をどう考えても難しい。私は近過ぎる、もしくは遠過ぎる位置にしか立てない。相手が遠くに居るのに、自分がずかずかと近寄り過ぎてしまうのは本当にやめたい。これをされたら誰だって怖いだろう。いつもこれで失敗する。

二度と人間関係で悩みたくないなら、誰とも親しくしなければ良いとも分かっている。でも人を好きになりたい。少しずつ仲良くなれればそれが一番良い。

やはり私は鬼で、山に住んでおり、たまに人里に降りては人間を観察し、友達になれたらいいな、でも自分は鬼だから・・・とこっそり眺め、とぼとぼと山に帰っていく。そういう存在だと戒めなければいけない。

心が荒地になればなるほど些細な優しさや楽しみが癒しになる。

美女友達がお気に入りの日本酒の入浴剤が素晴らしかった。今まで多種多様な物を風呂に入れ浸かってきたが、これはこの中でも一等勝だ。肌が自然とつべつべになり、体もじんわりと温まる。普段は風呂から出た後も細々とやる事を済ませないと気が落ち着かなかったが、気持ちがすーっと鎮まりすんなりと眠りにつく事が出来た。

毎日この入浴剤を使う事が出来れば良いが、それは経済的では無い。ただの日本酒と塩を入れて浸かってみたが、これもこれで素敵だった。今日はまた別のバスソルトを入れて入浴をした。仕事を終えやる事をさっさと済ませて、一刻も早く風呂に入りたい。湯に浸かりながら本を読みたい。ここ数日は『四丁目の夕日』と西岸良平の『魔術師』を読んだ。リラックスタイムとは程遠いセレクトをどうにかしようと思える程度に回復してきた。

7/14 

飲む打つ買うはしないけれど精神的な無頼派

↑メモに書いてあった。自分の事についてしかメモをとらないので私についての記述だと思うが、無頼漢からは最も遠い存在である。

7/15

今月の初めに大酒を飲み、したたかに酔った。その際にスマホを落とし画面を割り、カメラを落とし電池蓋を壊し、口の中を切ったようだが、一切記憶にない。

自分を戒めるために3ヶ月の禁酒を決意。少量なら飲酒をしても支障は無いだろうが、でも飲むわけにはいかない。ちなみに今に至るも口内の傷は治っていない。

夜に降った雨の気配が残っており、久しぶりの涼しい朝に感激する。自分が子供だった頃の夏の朝のようだ。爽やかな気持ちで出かける。夕方に帰宅する頃には汗だくで全身がベトついていた。

今日もほどほどに飛ばしていたが、夜急に駄目になる。とにかく人と関わりたく無い、という気分。雨にうたれたからかも、仕事が溜まっているからかも、友人に会って楽しかった反動かも、楽しみにしていたイベントがなくなったからかも、疲れていただけかも、その他全く予想がつかない原因か、これら全てか。

私はほとんどの事に興味がないし愛す事ができない。これについて悩んだ時期もあった。面と向かって「愛がない」と言われた事もある。ないところから持って来る事は出来ないし、出来たとしてそれは本当の気持ちなのだろうか。おそらくこれが愛だと提示される偽物の感情の方がおそろしい。

愛する事は出来なくても、大切に想ったり向き合ったりする事は出来る。それが愛だよと言われたら、それも違う気がする。カテゴライズされるのも嫌だ。自分の感情に名前をつけてカテゴライズされるなんて、感情に限界をつけてしまうようで怖い。統制された感情なんて、それなら無い方が良い。

しかし、私の中で感情や気持ちを整理し突き詰めていくと、最後に残るのは愛だと思いたい。ここで言う愛というのは、恋愛ではなく、命のきらめきや人の営みを讃える意味だ。そういったものが美しく、大切な事だと考えている。

どんな人物、物事にも生命の美しさは宿っている。きらめきをないがしろにしている人を見ると悲しくなる。構っていられないほど、困難な状況にいるのだろう。私は何も出来ないけれど、でも祈る事は出来る。あなたは美しく高潔です、あなたが自分自身に対して正しくいられますように。常に自分に対しても祈っている。

きらめきとは、瞳の中にある光、呼吸、髪のあいだを通り抜けていく風、剥き出しの肌、感情の乗った指、発声する前のほんの少しの間。体温を感じない程度の距離を保ち、目を見つめる瞬間に感じる事が出来る。その人だけの生命の瞬き。

7/18

全てのものを等しく愛していないなら、それってむしろめちゃくちゃ愛情深いのでは?!連日の労働の合間にふと頭をよぎる。いや、しかし、そんなわけない。それは愛ではなくて本当に興味がないのだ。私は何に対してもうっすら興味がなく、誰に対しても愛情が持てない。最近特に人からそう言われるようになった。この評価がかなり気に入っている。悪い事だと思っていない。興味関心が無いからこそ築ける関係がある。

今日は撮影の合間に昼食を座って摂る事が出来そうだった。気になっていた喫茶店に行くも妙に混雑していた。座ってオーダーをしてから品が出てくるまで時間がかかりそうだったので泣く泣く諦めた。

そうこうしている間に時間が無くなり、スタジオの近所にあるマクドナルドでハンバーガーを食べた。私は必ずフィレオフィッシュを頼む。フィレオフィッシュのパンが独特で好きだ。口の中のコンディションによって、パンが上顎に引っ付いてしまう時があるのだが、私だけなのだろうか。久しぶりのマクドナルドを楽しむ余裕がなくサッと食べてそそくさと退店した。しかしこれがファーストフードの醍醐味なのかもしれない。

今週忘れた物

照明

今週無くした物

カメラマン業務を受け始めた頃に買ったレフ板。おそらくスタジオに忘れてきた。

7/19

女の子を撮ると泣けてくる。涙が出るというより泣いてしまう。この事についてよく考えるが、何故なのか分かる必要が無い気もする。すごく好きですごく怖い、が一番近い感情だ。たいてい、とても静かな瞬間で、シャッターをきれるぎりぎりの明るさで、肌が露出をしている、呼吸をする度に静かに上下する肌。これらが泣ける条件なのだろうか?条件が揃えば泣けるというわけでもない。女の子との親しさも関係あるのか?初対面の人でもよく撮る人でも泣いてしまう。今度から泣く瞬間に、訊ねてみようか。「いま何を考えているのか教えてください」・・・めちゃくちゃ面倒くさい奴だ・・・。写真を撮られに来ているだけなのに、わけのわからない質問をされる女の子達も迷惑だろう。これも更に気持ち悪いと思われるに決まっているのだが、呼吸を合わせている。気づいて合わせてくれる人もいる。撮影が終わった後ぐったり疲れている時は、呼吸が合わなかった事が多い。合えば良い写真が撮れるわけでもない。でも、良い写真ってなんだ?泣く事に意識を向けすぎると、仕事として成り立たなくなるからやらない。でもどうしても泣けてくる事がある。仕事ではなく営みとして撮影している証なのかもしれない。

7/21

東京へ。仕事だけれど撮る人の事全員好きなので、仕事だけれど仕事ではない。

今日は楽しく新しい発見がたくさんあり、東京に心を許しかけたが、やっぱりこんな街嫌いだ、と思う。

定宿が空いておらず、初めて利用するビジネスホテルに泊まる。この狭さとセミダブルのベッドはおかしくなる。狭いからではない。懐かしいからだ。10代から20代半ばまで過ごしたワンルームのあの部屋!私はあの部屋で最後は自殺未遂をし、逃げるように退去した。あのままあそこに住んでいる自分を想像してみるが、上手く出来ない。大須商店街まですぐの場所だったので、用もなく大須を自転車でうろうろとし、高原でお茶を飲み、招き猫広場の煙草屋で煙草を買い、その場ですぐ吸い、さのやで食材を買い、古本屋でめぼしい本を物色していた。ちなみに今も遊び方は変わらない。

7/22

ドブネズミも住まない街、渋谷。今まで行った街の中で1番の悪臭がした。

毎食誰かとご飯を食べることが出来て幸せ。東京という街とは相容れないが、好きな人達に会えるならいつだって来たい。次は秋頃、涼しくなったらが良いな。植物園や動物園にも行きたい。余裕を持った旅程を組む練習も兼ねて。今回は上から下までミッチリと予定を入れ、常に誰かと一緒に居た。離れた街でも友人が居て幸せだ。

頭が興奮をしていてなかなか寝付けない。体はグッタリしているのに、寝る事が出来ない。

7/24

親しくなったり好きになることはあるが、愛情を持つことはない。良かった・・・これでやっと人と適切な距離を保てる・・・。

怨念や情念も無く、淡々と生きすぎているのでは?と不安になる。皆んなもっと嫉妬したり怒ったりしているのに。私は感情が希薄なのでは。普段は全く気にしないのだが、たまに無性に考えてしまう。そもそも何かについて考える胆力が無いのですぐに考えるのもやめてしまう。そしてまたすぐ別の、とても楽しい事が起こり忘れてしまう。馬鹿なので生きる事がつらい時もあるが大抵はこんな感じで過ぎていく。

今週末は現場が無い。金曜日の夜だし悪い事でもしようとニヤニヤしながら目論んでいたが、ミスドのドーナツを2つ食べて満足した。

7/27

起きた瞬間から肩が痛い。これは危険だと判断して整体の予約をする。無事に肩の痛みが和らぎ、パソコンの前に8時間座って作業をする事が出来た。

夜は弟と遊びに行く。学童の頃はザリガニを釣ったりホットケーキを焼いたりして過ごしていたのだが、大人になったので繁華街に出かけた。姉弟だが遊び友達でもある。共有している思い出や環境が一緒だと余計な説明が不要で楽だ。最近観た映画の話をしようと思っていたのだが、他の話題に夢中になって忘れてしまった。

7/30

死ぬかと思うほどの吐き気と腹痛に襲われる。明らかに原因は暑さと疲労に決まっている。これが今月分の天罰か・・・仕方ない、だって思い当たる節があり過ぎて、天罰のひとつでも受けないと、胸を張って生きている皆さんに申し訳なくなるんだ・・・。

光は眩しくて目に障るので全ての照明を消して、カーテンを開け放ち、夜の窓から入ってくる微かな灯りを頼りに横たわった。体が弱っている時特有の自責的な思考回路に飲み込まれてはいけない。せめて心だけは健やかにいよう、と今日あった楽しかった事を思い出していた。お嬢さんと撮影をした。めずらしくFUJIFILMのカメラで撮影をしてノリノリだった。今までとは違う写真の提案が出来たと思う。午後は母と従姉妹と3人でアフタヌーンティーをした。母は「女子会だね」とはしゃいでいた。久しぶりに会う従姉妹は社会人3年目。会社勤めの経験が無い私は彼女の苦労をこれっぽっちも理解出来るはずが無いが、生き生きと働いている様子が目に浮かんだ。デパ地下で今日の夕食の後に食べるデザートを買ってあげる、という母に対して「今はお腹いっぱいだから甘い物の事を考えられない」と返して皆んなで笑った。お腹を空かせてはいけない、食べる物に困っている若者ほど不幸な事は無い、という思想の母は不安そうだった。一人暮らしの娘と姪っ子に食べる物を買い与えて安心したいのだろう母の気持ちを汲み、小さいお惣菜をそれぞれ買って貰った。

今日は楽しかった、またお盆にね、と別れの挨拶をして解散した。地下鉄に乗って帰る道すがら、今日撮った母の写真を見返した。還暦をとっくに迎えているとは思えないほど肌が白くツルツルとしている。私の肌の美しさは母譲りだ。心から感謝しなければいけない・・・。そういえば最近特に肌の調子が良い。美容部員の友人から購入した美容液のおかげに違いない。「これを使えば今のこの肌のまま40歳になれます!」本当かなあと半信半疑だったが、何かは塗らなければいけないと考えて購入。確かに肌が整っていくのを感じる・・・。友人を誘って今度はどこにお出かけに行こうか、この前お酒を飲み過ぎてやらかしたので、お茶か散歩がいいな。暑いから、水族館とか・・・?

などととりとめもなく考えているうちに徐々に回復をする事が出来た。

猛然と今日撮影した写真の編集をして納品をした。普段より早いくらいだ。

よく分からないが流石に疲弊した。寝て休む事にする。

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