6月は良くない

6/1

「何かを本当に愛した事があるのか」と聞かれ、「ある。でもこの先愛する事は無い」もしくは「無い。未来の事はわからないけれど」どちらが優しいだろうか。

一言も喋らないまま眠りにつく。

自分の頭の中にある映像を写真にしたいと常に思っているが、撮れた試しがない。昔見た白昼夢のような心象風景のような、とても曖昧なものなのだが。

・焚き火と人影(おそらく女の子。現実に似たような光景を目にしたことがあるが全く別物だった。)

・病室、私の足元で作業をしている人(かいだことのない香料の香水、病室というイメージからはかけ離れている窓側の強い日差し、対極の廊下側の床の暗さ)

6/4

ここ一年ほど何かを作る頭にならない。でも撮りたい、作りたいという気持ちはなくならない。やりたくて仕方ないことが上手く出来ない。頭の中にあるイメージを掴み取る事も出来ない。濃い靄がかかっている。泣いて解決出来るなら泣きたい。

6/5

目に見えての不調、自分ではどうする事も出来ず。体力には自信があるが、体調は常に優れない。帰宅し即寝落ちをする日々。夜半前に目が覚めて猛然と作業をし、やたらと長い入浴を済ませてまたこんこんと眠る。

中学に入学をした頃、慣れない生活についていけず、帰宅してすぐに眠りにつき、夕食の時間になっても起きる事が出来ない日々が続いた。しばらくしたら慣れて疲れなくなった、というよりもサボる方法を覚えた。授業が終わると部活動に向かう同級生らと目が合わないように気をつけながら小走りで帰宅し、TSUTAYAでかりて映画を観たり、インターネットに繋いで日記を書いたりする生活習慣が完成した。これは中学3年間続ける事になる。

でも今のこの不調は、ただ単に疲れ等ではない。私の元々の憂鬱な部分が際立っているだけだ。ジッとやり過ごすしかない。やり過ごす時に一番良いのは眠る事だ。

昼寝のような仮眠のような眠りの際には必ず夢を見る。ふかふかの猫を抱きしめながらにおいをかぐ夢だった。私は軽度の猫アレルギーなので、軽めの抱っこ程度なら平気だが、それ以上の事をするとすぐに全身が痒くなりくしゃみがとまらなくなる。夢の中だけでも猫のにおいをかげて幸せだった。次は大きい犬になって、他の犬に甘える夢を見たい。

何度も自分の意思で死のうとした。でもどうしても死ねなくて今生きている。

死ぬよりもっとずっと辛い、生きているという現実。ついに念願叶って死ねる必要まで私は毎日規則正しく生活し、泣いたり笑ったりしているのだろう。

死ぬ日を淡々と待ち続ける日々。この毎日の中で安心できる人間関係を得て疲労が癒される事はあっても、苦しくなるほど死を渇望している。

死を諦めて生きているのだ。物事にほとんど興味は無いし、感情も少ない。こんな自分が悲しいと泣いた事もある。でも今は自分を認めるしかない。生きたいと思った事など、一度もない。

6/30

今月も休みなく写真を撮っていた。

午前中 夜職のお嬢さん

昼 友人カップル

夕方 お宮参り

というスケジュールの日があった。ずっと永遠に写真を撮っていたい。量が多ければ良いという訳でもないが、機会はたくさんある方が嬉しい。

自分自身に対して求め焦がれたい。

ただ単に良い写真を撮るのではなく、お金を稼ぐためではなく、自分が求め焦がれる写真を撮りたい。これでなければ良いとはいえない、これが良い、はっきりとイメージをして撮る。とても難しい事だが出来るはずだ。

6/31

憂鬱が拭えないひと月だったが、今日は友人と飲みめちゃくちゃに酔った。眠りにつく寸前、楽しかったと笑えた。良い日だ。総合して、良い月だ。画面が割れたせいで全く文字入力が出来ない。それでも良い日だ。こんな気持ちになれる日があるなら、生きていてよかったとさえ思える。

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