意味の発見と予感
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真実については誰も求めていないだろうから、今年も嘘ばかりを書く事にする。
実家へ。弟は体調を崩しており不参加。とても残念。
地元は畑と田んぼばかりだが、私は好きだ。まず人が居ない。開けた場所の見晴らしの良さが落ち着く。うるさい車が走っていない。空の透明度も上がっているように感じる。
育った土地やいま生活している街には愛おしさがある。もしかしたらこれが懐かしさなのか?これからは懐かしと感じるものが増えていくのだろうか。
1/2,3

寝正月を体現したように過ごす。
目は覚めるがそのまま二度寝をして、少し映画を観てまた寝て、夕方になり食事をして、また寝る。を繰り返す。
1/4
23時に寝て10時に起きる。
さすがに寝過ぎたと思う。
眠れない私は名古屋の街を徘徊した。明け方に新しく出来たクラブに行く。
初めて見る中国産の紅茶味の煙草を買う。赤みの強いオレンジ色のパッケージで、中紙はマットなゴールドだった。普段吸っているパラダイスティーより落ち着いた印象でラムのような風味もある。
家に帰って寝たあたりで目が覚めた。これが初夢にあたる。
1/5
ソフィア・コッポラの「プリシラ」を観る。
今年は本厄だと知る。厄祓いに行こうと思う。
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引き続き眠たくて仕方が無い。昨晩は23時に就寝し、9時に起床。水を1杯飲み、また13時まで寝た。
去年のスナップ写真集を編もうと思う。
写真を見返している。11月以降の写真の意識が明らかに違い、戸惑う。11月以前の写真は本当に私が撮ったのか?と不安になる。撮っている物は同じなのだが、受ける印象が異なる。ような気がする。
間違いなく私が撮影した写真なのだが、いまいち自信が持てない。
1/7

もう何も持たないでいこう。いま大切にしているものを少しずつ無くしていきながら生きていくことになる。この後の人生は特にそうだ。
今あるものが一番大切なのに私はいつもそれに気がつかない。
正月に会った両親の顔が浮かぶ。
死なないでくれ、もう何も失いたくない。これ以上大切なものを失うことに耐えることが出来ない。いつか来るその日を考えると呼吸が不安定になる。何も変わらず毎日を過ごしていくなんて不可能だと分かっているのに苦しくて仕方がない。大切にすると決めたものも、いずれ無くなってしまう。どうやって生きていけば良いのかもう分からない。
この前正月に両親を見て思った。この人たちは私より確実に先に死ぬ。大切な人達が続々と死に向かっている事に耐えきれない。
1/11
キッザニアに夢中になり、ひたすら公式サイトを見ていた。私の現在の将来の夢は麻薬犬である。
最近犬について興味が湧いてきた。今までは猫一辺倒だった為、人間含むその他の生物が入り込む余地が無かった。
犬が気になるようになったのは空港で麻薬犬を見たからだ。シャンシャンと歩く姿が格好良かった。人の役に立っている犬が羨ましくもあった。
1/15
東京へ。
念願のモデルさんを撮らせてもらう。緊張して指が震えた。
夜は定宿へ。
穴倉のようなカプセルホテルはいつだって落ち着く。
荷物を置いて散歩をする。喫茶店に入ってしばらくぼんやりとした。持ってきた本は半分ほど読んでしまった。どこかで調達しなければいけない。なんせこの旅は月曜日まで続くのだ。明日には読み終わっているかもしれない。手元に本が無いと落ち着かない。読む機会が無くても鞄には必ず入っている。今回は桐野夏生さんの「OUT」にした。初めて読んだ時、私は中学生だった。主人公たちの焦りや諦め、苛立ち等は全く分からなかった。大人がこういった種類の気持ちを抱えている事なんて、想像も出来なかった。
当時の私の悩みといえば、前髪が決まらない、校則違反にならない程度の色付きのリップクリームを入手する、学校から帰宅して親が帰って来る迄に時間を確保しWOWOWで放送された映画を観る、くらいの事だった。
今なら主人公たちの気持ちが分かる、とも言えない。大人になった今の方がより分かりづらい。この事については絶望よりも心の豊かさを感じる。自分以外の人間が存在している意味がある。

1/16

宿のまわりをうろついてから出かける。
上野動物園へ。
名古屋の東山動物園以外の動物園をほとんど知らない。東山動物園に居る動物が全ての地球上の動物だと思っていたがどうやらそうでもなさそうだと知る。
いざパンダを見ようと思うも人々が列をなしている。待ち合わせの時間に間に合わない為諦める。
友人と合流し無事に運ばれる。騒いでいたらあっという間に夜になっている。

1/17

早朝に起床。
午前中に飛行機に乗り、正午には四国に到着。昼食にカレーを食べる。

午後は寺と山へ。
真っ暗な洞窟を歩いたり、御神籤をひいたら大吉が出たり、山道で対向車とすれ違ったりする。電気風呂に初めて入り、悲鳴をあげる。(本当に、脚にビビビと電流が走った。)
普段は街中で暮らしており自分に都合の良いものしか見ていない。色んなものを見たり聞いたりしたので、今晩は奇妙な夢を見るかもしれない。真っ暗な洞窟に入ったら進行方向が狂い、来た道を戻る事が出来ずに同じ所をぐるぐると回っていた。もう、私はここに住むのだ、地底人のように目が退化し、聴力が進化し、肌の色は真っ白になり、ネズミやトカゲを食したまに紛れ込んでくる人間を襲い・・・等と考えているうちに外に出る事が出来た。
なんだか晴れやかな気分だった。
1/18
車ごと船に乗り、島に来た。
焚き火でマシュマロを焼きながらめそめそしたり、真剣にジェンガをしたり、枕を投げたりする。拾った棒を掲げながら海岸を走ったら波が押し寄せてきた。スニーカーが少しだけ濡れた。
遊び疲れてくたくた。よく眠れそう。

1/19
良い人間ではないが、良くあろうとする努力は出来る。
暗渠のような気持ちを抱えたまま生きていくのなら、暗さに比例する明るさや正しさもあるはずだ。
お祈りの文言はいつもこうだ。「自分に正しくありたい。正しくない自分も認めたい」
1/20
全ての物事を終わらせて帰路に着く。
本当に自宅に帰る事が出来るのか?デイヴィッド・リンチの訃報も届いた事だし、この景色を、感覚を、思い出を信じる事が出来ない。
記憶をカメラの中にしまい込み、それを首から下げて新幹線に乗っている。
1/21
愛する物を失って悲しい。同時に、失う事はもう無い。
デイヴィッド・リンチ死去。リンチは私の主な成分の一つ。死んでしまって悲しいが、与えられた物事が多過ぎる。自分自身でも把握しきれない広大な、よく分からない、もやもやとした、入り乱れた思考の中に浮かび上がる映像はリンチの作品そのものだ。リンチに出会わなかったら、もしくはここまでコミット出来なかったら、心象風景は全く違っただろう。心の安らぎであり、脅かすものでもある。
緊張し、癒され、全てを破壊し、また一から作り上げていく。
1/23

パウル・クレー展へ。
天使を描くに至るまでのクレーの生涯を知らなかった。クレーについては画集で観て知り、すごく好きになった。
愛知県美術館で展示をやると知り、随分前から楽しみにしていた。
天使の絵は展示をされていなかったが、どんな気持ちでこの絵を描いていたか想像する材料を得る事が出来た。
パウル・クレーの静的な絵画から、憂鬱な人間を想像していた。妻や友人、生徒達から慕われており、また彼も皆を愛しているとも知った。作風と人柄はイコールではないのに、決め付けていた自分を恥じた。
1/24
自分の心臓の音がとても大きく聞こえる。
1/25
花粉の到来。
気力体力及びあらゆるもの全てが低迷する。
友人のステージを観に行きたかったが、外に出ない方が賢明だと判断する。私はいつでも自分の健康が第一だ。
私を愛してくれる人達を大切にしたい。ならばまずは自分が健やかでいる事だ。
1/31
写真集「言葉では多過ぎる」を印刷所に入稿し、いそいそと解説を書く。自分がいま書きたい事柄しか書けない。勢い込んでもいざとなると解説は全く書く事が出来ない。
当初は全く違う題名がついていた。今も通称はこの名前で呼ばれている。旧題について、私が全く説明が出来ず意味を伝える事が不可能だった。説明出来ない言葉を伝えるのは難しい。題名を変える事に決めた。
では何故一度はその題名にしたかというと、自分が説明出来ない事柄を全て表していると思ったからだ。大変便利だと思った。
この言葉を自分の写真集の題名にするのはとても意味がある行為だと思った。少しばかり高尚な印象を与えるその言葉を付けて鼻高々でもあった。
でもそんなもの、やはり駄目だ。私は人より考え方が浅く幼稚で、はっきり言うと馬鹿なので意味のある言葉に惹かれたのだろう。言葉で説明出来るものが全てではない。
