痛みの姿
4/1
エイプリルフールが嫌いだ。乗り切れない。下手で面白くも無い嘘をついている人を見ると背筋が寒くなる。SNSは大嫌いだが4/1のSNSは特に最悪だ。
4/3
無事に36歳の誕生日を迎える。眠た過ぎて22時に就寝する。
4/4
起きたら10時。堂々の12時間睡眠。日中はめちゃくちゃに働いてとてつもなく長い時間寝るのが私にとってはちょうど良い気がする。
4/10
タイへ突発的に旅行。ホテルではなく賃貸契約をして部屋をかりる。
部屋の浴室にて左腕を切り落とす。最初は何でも無く、せいせいしていた。左腕を持って入浴をした。浴槽の縁に腕を置いて眺める。次第に変色していく。が、やはり惜しくなる。
現地で知り合った友人に救急車を呼んでもらう。日本語を話せる隊員が来る。「腕は元に戻りますよ」と微笑む。救急車に乗るはずが、気が変わり、通りがかったタクシーに乗る。切り落とした左腕、現金、カメラを持っていた。以前飲んでいた時に知り合った町外れに住む女の人の家へ向かう。途中、車が道端に停まる。老婆が乗り込んで来た。どうやら相乗りらしい。
郊外の風景、風に乗って運ばれていく野草の花、赤色の宗教施設、ミラー越しの運転手をカメラで撮る。ごちゃついた路地で降ろしてもらう。日本円で支払いをする。相乗りした老婆はこのまま乗り続けるそう。タクシーから降りた瞬間、腕がない事に気づきバランスを失って倒れた。
意識が戻りかけている途中、早口の日本語が遠くから聞こえる。カンボジアに行ってからバスで入国した方が早いのでは?ジョークですよ。でもさっさとどうにかしないと・・・。途切れ途切れに声が聞こえてくる。私はこの人を好きになると思った。
4/13
今日も雨が降っている。外に出て写真を撮る必要が無い日の雨は大好きだ。
友人達が不当に傷ついていると知り、思わず泣いてしまう。どんな思いでその場に居たのか、いまどんな気持ちでいるのか、想像する事しか出来ない。そんな思いをする必要は無いのだ。何も出来ない自分が悔しくて怒れてきた。
4/18
今週も毎日女の子を撮っている。女の子達から受ける癒しの効果が凄い。体が疲れる事はあるが、気持ちは穏やかで安定する。
彼女達が幸せでいられるよう、願わずにいられない。辛く苦しい事もあるだろう。それよりも楽しい事が多い日々でありますように。
写真は一瞬しか切り取って残せないが、その瞬間を撮れただけでも強い幸福を感じる。撮って眺めて、美しい存在を想う。私にとって最も大切な行為である。
どんなに悪人でも、必ず良いところがあり、悪にならざるを得なかった経緯を考えてしまう。地下鉄サリン事件の実行犯達の映像を見た。こんな事になってしまったこの人たち自身が悲しい。
自分が美しいと思っている物を大切にしたい。キャパシティが狭いので、あらゆる物を愛する事は出来ない。良いと思えた物だけを愛するのは良い事なのだろうか。わからないが善悪の基準は必ず自分で決める。
4/20
暑くて明け方に目が覚める。一度眠ると滅多な事では朝まで目を覚さない為、かなりめずらしい。
明け方の部屋はさみしい。うっすらと明るくなるまで起きていようかと思ったが、やはり寝てしまう。友人達と名駅の裏を散歩する夢を見た気がする。首に狐の襟巻きを巻いている人がいて、ジッと見ていたら生きている本物だった。人の言葉を喋る狐で、ここで巻かれている経緯を聞いた。生物には色んな事情があるのだと思った。
駅裏の電灯はLEDではなく白熱灯を使用していて、近づくと熱かった。駅の表側に行くにつれ、LEDが徐々に増えていく。最後の一灯が弱々しく光っており、少しだけ物が焦げるにおいもした。
今日のような夜は良い。窓を開けていると外から春のにおいがする。半袖でいると少し肌寒い。こんな夜はぴとっとくっついて眠る事が出来る犬や猫がいたら良いな。でももう何かを飼うつもりは一切無い。ぬいぐるみが少しずつ増えていく。ラッコのぬいぐるみをお腹の上に乗せて眠る事にする。
4/22

沖縄へ。前日にキャリーケースへ荷物を詰め込み、早朝に家を出て、昼過ぎに那覇空港に到着する。喫茶店で昼食を食べ、散歩し、友人と合流する。湿布の味がするジュースを飲みながら海を見て、車の運転もした。貸別荘に着いてからは明日の分のカレーを作り、作業をした。
少し前の自分では考えられない物事をこなしている。全ては友人のおかげなのだが、自分もよくやっていると思いたい。
海を見ながらぼんやりとしている時、きれいな貝殻を拾った。自分のおみやげはこれにしよう。貝の口に砂粒が2個挟まっている。爪で引っ掻いて取り除こうとしたがしっかりと挟まっていて取れそうにも無い。
今日は曇りがちで、直射日光が差さず、私の中では一番良い天気だった。海面はまったりとそよいで落ち着いていた。
砂浜におりた瞬間にサンダルに砂が入り込んだ。「海に来たんだ」と感じた。海から離れて車に乗っても足は砂だらけだ。サンダルの裏にひっついたままの砂を自宅まで連れて帰るのかもしれない。払い落としたいような勿体無いような。
移動中に読む様に、江國香織さんの「東京タワー」を選んだ。沖縄っぽい本にすれば良かったとも思うが、何故だかこれを読みたくて仕方なかった。
強い孤独と満ち足りた気持ちを常に抱えている。相反する感情をどちらもとても大切にしている。どちらかだけではいけない。片方だけが過剰でもいけない。沖縄という土地ののんびりとした気風の中に佇む荒廃した家屋を見ると心が落ち着く。これもまた心象風景に近い。

4/23

どんなに生きる事が辛くても生きていかなければいけない。それならば少しでも楽しく明るい気持ちでいる時間が長い方が良い。
どうしても暗くなりがちで、人との関わりを極力避け、内に篭っている。それでも良い。たまにわけもなく心を打たれる瞬間を大切にしたい。今日はひたすらに寂しく虚しい気分に支配されていた。撮影が終わり少しだけ時間が出来て、別荘のテレビで『ララランド』を観た。オープニングの例のシーンでぼろぼろと涙が出た。私はまだこういう映画や音楽を愛し、感情を揺さぶられる事が出来る。支えてくれる人達や私を必要とする仕事、住む家もある。だから大丈夫だ。
何かを確認出来た。私がやるべきこと、やりたいこと、やれることはたくさんある。
4/24
今まで何度か沖縄に来ているが、いつも曇りか雨だった。今日は初めてぴかぴかに晴れた。晴れの日の沖縄はこんなにも爽やかなのかと知る。絵本の挿絵のような、青い海と白い砂浜、雲一つない青空!これらを背景にして立つ、水着の女の子。何もかもが眩しかった。
女の子達を送っていく車の中で見た夕焼けが綺麗だった。みんな帰ってしまうのか、明日は私も帰るんだ、と寂しくなる。

4/25
人と一緒に居る意味を感じる。

4/28

疲れ果てて、調剤薬局の椅子から動けない。どこに行っても自分である事に疲れ切ってしまう。
4/30
生命が傷つけられていると思うと耐えられなくなる。自分の欲望のために他者を傷つけている人間が存在しているという事実を受け止められない。自然災害で命を落とす人たちのニュースを知る時とはまた別の胸の苦しさを感じる。
考える事は得意では無いし、他に出来る事も特に無いので支援団体に寄付をした。役に立ちたいというより、願いだ。あなた達の活動は確かに人を救っている。かつて近い境遇だった私自身を救い、労わる行為なのかもしれない。
